心が痛むと体が痛みとして感じる?

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心が痛むと体が痛みとして感じる?

2020/09/15

実際写真の男の子のように固いアスファルトの上で転ぶと大人であっても痛いですよね。

 

それはぶつけて損傷したということが電気信号で神経を伝って痛みとして感じるからですが。

 

実はこのようにケガや組織を傷めていなくても脳が痛みとして伝わるということがあるのです。

 

ある実験で

3人でバレーボールをしてひたすらパスをつなげるというテレビゲームを行いました。

3人は対面ではないため誰が操作しているかはうかがい知ることはできません。

 

そこにカラクリがあります。

その内の2人、つまり被験者以外はコンピューターが自動で行っており最初はみんなでパスを回しているのですが急に途中から被験者にはパスを回さなくなるというものです。

 

子供がよくやるいじめみたいなものです。

同じようなことをされた経験がある方もいるのではないでしょうか。

 

意地悪ですね。

 

そうすることによって被験者は「のけ者」にされたという疎外感を感じます。

 

この実験は何が目的かというと「のけ者にされた時の脳の反応を調べる」というものです。

 

その状況に置かれた時の脳の反応をMRIで測定するのです。

 

結果。驚くことに脳の反応はというと【痛み】を感じた時に活性化するのと同じ部位が活動したのです。

 

心が痛むという言葉は的を射ていたというわけです。

 

脳から見ると『仲間外れにされた。』という不快な感情は物理的な痛みとして認識しているということを証明しました。(参考図書:単純な脳複雑な私)

 

 

 

 

 

いじめやハラスメントでよくある『言葉の暴力』という表現は実際に手をあげていなくともまさに物理的に相手に対して暴力をふるっているのと何ら変わりないということです。

 

体の傷は外から確認できますが心の傷は表には現われません。

ある意味周囲に気づかれづらいという点でいうと言葉の暴力や無視するなどの行為は卑劣なものと言えると思います。

 

では周囲でその暴言やいじめを目の当たりにする人は何も害がないかというとどちらの立場にたってものを見るかによりますがもし暴力を受けている側の人を見ているだけで被害を被ることがあります。

 

人間にはミラーニューロンという神経細胞があり自分が実際していなくとも自分が見ている人と同じ脳の部位が活性化して共感するということがあります。

 

特に繊細な人だと人の心の痛みを敏感に察してしまいそのやり取りを見聞きしているだけで病んでしまう可能性すらあります。

 

ですのでそういった目の前で繰り広げられることやテレビで扱われる悲惨な情報に心が傷ついてしまう可能性もありますのでご自身でとても敏感な方は選択できるのであれば辛い時は情報の取捨選択をしていただいた方が良いと思います。

 

また心と体の痛みは同じであるということは暴力だけでなく暴言や無視もやはり人を傷つける行為に他なりませんのでしてはいけないことだと思います。

 

昨今は殺伐としてきている世の中なのでもっとお互いに優しい世の中になることを願います。

 

それではまた。

 

赤羽から一駅川口駅徒歩二分もりもり整体院。